トップページ > 教室紹介 > 海外留学

海外留学

久留米大学初の留学体験

明石英俊

私は34歳の時(20年前)にドイツのハノーバー医科大学に留学した。ドイツでは唯一の医学部単科大学であり、ドイツ、あるいは世界の医学をリードしている大学である。心臓血管外科においては年間に1,200例の心臓大血管手術が行われており、その中に約年間100例の心臓移植、肺移植、心肺同時移植なども行われていた。

私は久留米大学からの最初の留学者として赴いたため、留学当初は大変苦労した思い出が多いが、1年間に約400例の心臓大血管の手術に第一助手、または第二助手として参加することができた。最後の1ヶ月では当時の(エレファントトランクの)Borst教授が執刀を許してくれた。帰国後はハノーバー医科大学とのコミュニケーションも取れるようになったため、私以降の留学者は比較的容易に留学が可能となった。

このような留学を若手の先生方にも経験してほしいと思っている。ハノーバー医科大学の心臓血管外科のメンバーはロシアのエリツィン大統領が冠動脈疾患でバイパス手術を受けた時のドイツ医師団でもあり、テレビで記者会見を行っているメンバーが私のお世話になった仲間達であったことを今でもはっきりと覚えている。ドイツ語の勉強は大変であるが、ドイツは日本人には比較的親密感を持っており、外国の心臓血管外科を経験するには最適な留学先の一つであろう。

ハノーバー医科大のヘリポート

心臓移植や交通事故で出動する

ハノーバー医科大での手術室で

ドイツ留学で得た経験と宝

赤須晃治

私は、入局8年目にドイツに留学する機会をいただきました。
大学院を修了するころ、前任の青柳教授から「どこか留学して勉強してこないか」とお言葉をいただきました。当然、教授の口利きで留学先を紹介していただけると思っていましたが「自分で探して行ってみてはどうか」ということでした。先輩医師に相談したところ、当時世界でもっとも心臓移植、補助人工心臓治療を行っていたドイツのBad Oeynhausen心臓センターにオファーを出すことにしました。持ち前の度胸で直接ドイツに赴き、自分を売り込んだところ「2年程待ちなさい」とのお言葉をいただき帰国しました。

医局にて

そして、2003年から2005年まで勤務するチャンスをいただきました。当時、約6,000例/年の開心術を行い、しかも8室しかない手術室で毎日縦に3例ずつ行っていくという効率の良さも学ぶことができました。また、そのなかで半年間心臓移植病棟での勤務も行いました。日本人としては初めてだったそうですが、日勤、準夜勤、深夜勤のシフト制でしたので夜間は当然病棟に医師1人でした。夜中に心臓移植が始まるときには、自宅待機の患者さんを呼んでI.Cもしましたし、「移植後の患者さんが別の消化器系の病院で今から、手術を受けるが大丈夫か?」などの対応も任されていました。もちろん、埋め込み式補助人工心臓治療も最先端で、移植待機中の患者さんたちのQOLの高さに、愕然としたことも覚えています。

今、やっとこのときの経験を生かして、久留米大学でも埋め込み式補助人工心臓治療が始まろうとしています。また、留学中に国内外を問わず、多くの心臓外科医と知り合え、今も交流があることは、私の何よりの宝と思っています。

手術室にて

Kai,Masel,Koji

友人たちと

Heartcenter

休暇中の国内旅行

ハイデルベルグ留学記

高木 数実

ハイデルベルグ大学心臓外科では、4つの手術室で午前・午後の2例ずつ、年間1500〜1700例の心臓手術を行っていました。研修期間中は、朝から晩まで手術室で手を動かし続けるという外科医冥利に尽きる日々が続き、2年間で約600例の心臓手術を経験することが出来ました。その間、TAVIなどの新規デバイス、心臓移植、LVADといった日本ではなかなか見ることのなかった手術も多く経験できましたし、多くの術者のいろいろな手術手技を見ることも出来ました。また、何よりも大きな財産となったのは、決められた時間内に決められた手術をきちんと終わらせるのに必要な基本的技術やチームマネージメントを見ることが出来たことでした。その他にも、多様な国籍のスタッフたちと友人となり、各国の医療事情について見聞できたことは、これまで経験してきた日本の・自分たちの医療を見直す・考え直す良い機会になりました。

1.ハイデルベルグでの日々を振り返って

大きな不安と期待を胸に始まった留学でしたが、瞬く間に過ぎた2年でした。海外での生活にはコミュニケーションを初めとして多くの不安やストレスが伴います。しかし、日本では経験しがたい圧倒的ボリュームの手術に短期間に暴露されることは心臓外科医としての大きな成長と自信に繋がると思いますし、仕事を通じて、生活を通じて、文化の違いを実感し、今までの自分たちの生活や価値観を見つめ直す機会を得られたことは、心臓外科医として一個人として、今後の人生のとても大きな糧になったと思います。

クリスマスの外科クリニック

Karck教授と

手術室で

語学学校の同級生と

ハイデルベルグ旧市街

クリーブランドクリニック留学記

高瀬谷 徹

私は2008年〜2010年の間アメリカのオハイオ州にあるCleveland Clinicの研究施設であるLerner Research InstituteのCardiovascular Dynamics Laboratory (Fukamachi labo)へ留学させていただきました。
クリーブランドは、アメリカ合衆国オハイオ州北東部、エリー湖の南岸に位置し、クリーブランドを中心とするクリーブランド都市圏は人口約300万人と一大都市圏を形成しています。冬は少し寒かったですが、少し車を走らせると州立公園などあり、雄大なアメリカの自然を楽しむことができます。
Cardiovascular Dynamics LaboratoryのDirectorはDr. Fukamachiで、主な研究としてはTotal Artificial Heart、LVAD、心不全治療デバイスの開発などを行っていました。当時は大小20程度のprojectを抱えており、週に2-3日は実験が組まれていました。実験の時は朝8時前から準備を始め終了は夕方6時頃になることもしばしばあり、さらに土日もanimal(VADを植えられた牛など)を診に来たり、夜中に呼び出されたりすることもありました。ただし各projectの担当のFellowがFirst authorで論文を書かせてもらえることになっており、留学中に数編の論文を発表させていただきました。
また海外生活は不便な点も多々ありましたが、慣れてくると休日は近くの大都市(といっても車で6時間以上)まで家族で出かけたりして、楽しく過ごすことができました。クリーブランド留学の2年間は私と私の家族にとって大変貴重な人生経験となりました。

大阪大学国内留学記

高瀬谷 徹

私は2013年10月から12月まで大阪大学へ国内留学させて頂きました。
今回の留学の目的は、久留米大学でも開始されることが決定していた最先端の手術、経カテーテル大動脈弁植え込み術(Trans-Aortic Catheter Valve Implantation; TAVI)について学んでくることでした。TAVIは、大きく胸を切開したり人工心肺を使ったりすることなく大動脈弁位に人工弁を植え込むことができる非常に画期的な低侵襲治療方法で、欧州では当時すでに5万例以上の症例に施行されていました。本邦でも2009年より治験が開始されていたTAVI用の人工弁であるSapienXTが2013年10月より保険償還され国内の各施設がTAVI治療を開始したところでした。
大阪大学は澤芳樹教授の元、心臓血管外科で国内のトップクラスの症例数を誇っており、中でも大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術やTAVIなどの低侵襲治療については抜群の症例数を誇っています。そのような施設において3ヶ月間、19例のTAVI治療に参加させいただいたことは大変有意義な事でした。
その後、久留米大学に戻って2014年6月に歴史的第1例目を行い、以後順調に症例を重ねているところです。心尖部アプローチの際には留学した縁で、大阪大学から特別に技術指導をいただいています。今後も両医局の良好な関係が持続し、TAVI治療が発展していけばと考えています。

Emory University, Louisiana State University

大塚 裕之

私は2012年7月より2年間、米国ジョージア州アトランタのEmory University、ニューオーリンズのLouisiana State University(LSU)への研究留学を経験させていただきました。
日夜臨床に明け暮れておりましたが、学生時代からの夢であった海外留学を諦めきれず、諸先輩方にご相談したところ、快く背中を押してくださりその夢を実現することができました。

Emory Universityは、ジョージア州の州都アトランタにあり、世界でも有数の疫学研究機関として知られるアメリカ疾病予防管理センター(CDC, Center of Disease Control and Prevention)が隣接し、多くの海外留学生を受け入れている私立総合大学でした。一方、Louisiana State University(LSU)は、ルイジアナ州バトンルージュにある州立の総合大学ですが、医学部はジャズの発祥地として名高いニューオーリンズの中心地にありました。研究室が移動した関係で、図らずも私はふたつの地での研究留学を経験させていただくこととなりました。
私が働いた研究室、Emory University Cardiothoracic Research Labは、私のボスであるProf. David J. Leferがbasic researchのチーフ、心臓外科医として有名なProf. John D. Puskas(現:Mount Sainai Beth Israel)がclinical researchのチーフであり、基礎から臨床と幅広い分野の心臓血管病研究を行う活気溢れる研究室でした。研究内容は多岐にわたり、日々動物実験に没頭しましたが、全てにおいて日本よりスケールが大きく、大いに刺激を受けました。研究室員は世界中から優秀な人材が集まっており、人種も様々で研究室の中だけでも人種のるつぼを実感いたしました。研究の合間には、Labから5分の場所にある手術室へも足を運び、親日家でもあるPuskas先生の手術を見学することができました。ロボット手術などの革新的な試みもどんどん取り入れられており、日進月歩の最新医療を目の当たりにできたのは貴重な経験でした。また留学期間中に知り合った同僚や友人とのつながりは、自分にとって何よりも大切な宝の一つになりました。

これから日本で活躍する外科医にとって海外留学経験が必ずしも必要とまでは言いませんが、臨床留学、基礎研究留学を問わず、日本とは全く違う環境や文化の中で生活や仕事をすることは、今までの自分の中での常識が覆されるのと同時に、自分に新しい視点を与えてくれる有意義な時間になることと思います。また、外から自国を眺めることで日本の良さや問題点が再認識できるまたとない機会だと思います。
当医局では、個人の意向を尊重し留学を望むものには積極的に留学を奨励しています。特にここ数年は毎年1~2名の医局員が国内外を問わず、また海外はアメリカだけでなく欧州にも留学しており、皆新しい知見を得て帰国し医局を更に活性化してくれています。もし若い学生さんや先生方がこの留学報告で留学に興味を持っていただけたらうれしく思います。

親友Shashiと
(Emory University main campus)

日常風景
(Emory University Midtown Hospital)

ラボのメンバーと
(New Orleans郊外)

友人と夜の街

外科学講座を知る

  • 消化器外科
  • 心臓血管外科
  • 呼吸器外科
  • 乳腺・内分泌外科