TREATMENT

心臓血管外科

心筋への血流供給が足りないことを原因とする病気をすべてまとめて虚血性心疾患と呼び、狭心症、心筋梗塞などが含まれます。前胸部の激しい痛み、違和感、息苦しさ、動悸など症状はさまざまで、時には無症状のこともあります。治療には薬物治療、カテーテル治療、手術(冠動脈バイパス術)などがあり、患者さんの状態に応じて適した治療が行われます。

<病態>

図

心臓は筋肉の塊であり、収縮と拡張を繰り返すことで血液を全身に送り出すポンプの機能を果たします。心臓の筋肉(心筋)が活動するためには酸素が必要であり、酸素は心臓の表面を通る「冠動脈」という栄養血管の血流により供給されます。
この冠動脈が狭くなり、心筋への血流量が低下し酸素不足となることで、胸が苦しくなったり痛くなったりした状態が狭心症です。さらに冠動脈が完全に詰まってしまい、その先の心筋が壊死を起こしてしまうと心筋梗塞となります。心筋梗塞の部分は収縮力を失うため、心臓のポンプとしての機能が低下し全身に拍出する血流量が減ってしまいます。さらに次第に心臓が拡大することに伴い、僧帽弁閉鎖不全症や心室瘤、虚血性心筋症といったさまざまな病態へ変化します。
また、心筋梗塞は心臓の動きが悪くなるだけでなく、組織が脆くなることで大きな合併症(心室中隔穿孔、左室破裂、乳頭筋断裂)を引き起こす場合があります。これらは緊急手術を行わなければ生命を脅かす重篤な合併症です。

一般的に冠動脈は左右それぞれ1本あり、左はさらに2本に分かれています。左で2本に分かれるまでを左主幹部と呼び、分かれた後に心臓の前面を通る血管を左前下行枝、後ろの方を通る血管を左回旋枝、右から心臓の下面を通る血管を右冠動脈と呼びます。このように冠動脈は大きく3本あり、どの血管がどれくらい狭くなっているか、合併症の有無によって、治療方法が変わってきます。そのため造影CTや冠動脈造影検査を行い、病変の状態を正確に診断することが重要です。

  • 右冠動脈造影

    右冠動脈造影
    △印で右冠動脈が狭窄しています。

  • 左冠動脈造影

    左冠動脈造影
    ▲印の間で左前下行枝が長く狭窄しています。
    △印で左回旋枝が高度に狭窄しています。
    さらに前下行枝と左回旋枝の間にある血管にも狭窄があります。このように複数の血管に狭窄がある場合は冠動脈バイパス術のよい適応となります。

<治療>

治療には薬物療法、カテーテル治療、手術があります。薬物療法(血管拡張薬、抗血小板薬など)はほぼすべての人に行います。カテーテル治療は、局所麻酔により手や足の血管から心臓の冠動脈までカテーテルと呼ばれる細い管を入れて、血管の内側から狭くなっている部分を風船のようなもので広げたり、金属の筒(ステント)で内張りをする治療方法です。手術は全身麻酔で開胸して行う冠動脈バイパス手術のことです。どの治療方法がいいのか、病気の程度と冠動脈造影検査の結果(狭窄した冠動脈の本数、狭窄の位置、狭窄部位の性状など)を中心に、年齢、全身状態、他の疾患の有無、ライフスタイルなどから総合的に判断されます。私たちの施設では心臓血管外科と循環器内科と合同で話し合う場を設けており、ハートチームとして治療方針について検討を行っています。

長所 短所
カテーテル治療 ・低侵襲で在院日数が短い
・繰り返しの治療が可能
・再狭窄
・不完全血行再建
・糖尿病や透析症例に有効性が低い
・解剖学的な制約あり
冠動脈バイパス手術 ・完全血行再建
・生存率向上に効果あり
・解剖学的な制約が少ない
・比較的高侵襲で合併症のリスクがある

狭窄した冠動脈の本数(病変枝数)で言えば、一般的に1枝、2枝はカテーテル治療が多く、3枝や左主幹部病変では手術ということが多いです。日本では様々な理由からカテーテル治療が盛んで、手術が選択される比率は欧米に比べて低い傾向にありますが、手術のリスク(合併症や手術死亡の危険性)が許容できるものであれば、冠動脈バイパス手術を選択することは生命予後改善の見地から妥当であると考えられます。

<冠動脈バイパス手術とは>

冠動脈バイパス手術とは

カテーテル治療は冠動脈の内腔から狭窄部位を直接広げる治療方法ですが、冠動脈バイパス手術では狭窄部位を直接扱うことは少なく、図に示すように狭くなったり閉塞したりしている冠動脈の先に別の血管「グラフト」を吻合し、血液の新しい通り道を作ることで血流の少ない部位に多くの血液を流してあげる治療方法です。これにより心筋の酸素不足による症状が改善され、仮に狭い部分が閉塞してしまっても心筋梗塞にはなりません。

冠動脈バイパス手術の際に用いられる「グラフト」は以下のようなものがあります。これらの血管をさまざまに組み合わせて手術を行います。この組み合わせは、患者さんの心臓の状態、年齢、血管の状態などを考慮して決められます。

グラフトとなる血管

  • 内胸動脈・・・胸板の動脈(胸骨の両側にある)
  • 橈骨動脈・・・前腕の動脈(主に利き腕でない方から)
  • 右胃大網動脈・・・胃の動脈のうちの一つ
  • 大伏在静脈・・・下肢の内側にある静脈

<心停止下冠動脈バイパス術と心拍動下冠動脈バイパス術>

血管を吻合する際に人工心肺という機械を使用し全身の血液を潅流しながら心臓を止めて行う方法(心停止下冠動脈バイパス術:CABG)と、人工心肺を使用せずに心臓が動いたまま行う方法(心拍動下冠動脈バイパス術=オフポンプ冠動脈バイパス術:OPCAB)とがあります。前者は日本でも30年以上前から行われ確立された方法であり、手技としての完遂性が高く、後者に比べ吻合が容易であるというのが特徴です。しかし、人工心肺を使用するという人体に侵襲のある操作が加わります。従って、人工心肺の合併症のリスクが高い患者さん(高齢者、脳血管障害、上行大動脈病変、腎不全、低左心機能)にはお勧めしにくい方法です。

一方、後者は人工心肺を使用しないため人体への侵襲は少なくて済みます。しかし、心臓が動いたままで行うため、手術を完遂するにはある程度の技術を必要とし、心機能が不安定な患者さんには行いにくい方法です。いずれの方法も一長一短があり、当科ではそれぞれの患者さんにとってより適した方法を選択しています。

  • 心拍動下冠動脈バイパス術の様子

    心拍動下冠動脈バイパス術の様子
    心臓を優しく引き上げ(□の器具)冠動脈が見えるようにし、部分的に心臓の動きを固定します(〇の器具)。△がグラフト(内胸動脈)であり、☆の部分で冠動脈に吻合されています。

  • 冠動脈バイパス術後の3DCT画像

    冠動脈バイパス術後の3DCT画像
    3本のグラフト(△)がそれぞれ右冠動脈、左前下行枝、左回旋枝に吻合されている状態です。

<当科での治療実績>

当科の治療方針として、冠動脈バイパス術による完全血行再建を目指し、患者さんの病態に応じて僧帽弁形成術(もしくは置換術)、大動脈弁置換術、大動脈人工血管置換術、左室形成術などを同時に行います。2020年は新型コロナウイルス感染症の影響を受け、手術件数は少なくなりましたが、例年は80例以上に冠動脈バイパス術を行っています。平均バイパス本数は3.6本です。

冠動脈バイパス術を行ったものの手術件数の推移

冠動脈バイパス術を行ったものの手術件数の推移

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